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星が綺麗だって思えてるうちは大丈夫

  • 執筆者の写真: Hiroko
    Hiroko
  • 2022年5月26日
  • 読了時間: 3分

執筆者:Hiroko


2週間に1本ここで好きな本についてコラムを書いているが、大体はスラスラ言葉が出てきてすぐに書き終わってしまう。

好きな本ばかり選んでいるから当然なのかもしれないが、今回ばかりはどうしたものか、全く書き出しが思いつかない。


ただ、どうしても書きたい本がある。

ものすごく書きたい。この本について何かを伝えなければいけない。なのに言葉が出てこない。


救いようのない歌舞伎町のドブネズミみたいな登場人物たちが過去の自分と重なる。読む用と保存用の二冊を買った『死にたい夜にかぎって』という本だ。




最高の時間の無駄使い


『死にたい夜にかぎって』は、同人誌即売会で話題になった爪切男さんの過去を描いた私小説だ。壮絶な過去や、ウソでしょ?という体験が次から次に出てくるのだが、表現力の豊かさで笑いながら読んだ。

アダルトサイトの運営や風俗レポートのメルマガ執筆をしていただけあり、生々しい過去も軽快でユーモラスに描かれている。


うつ病の元彼女アスカとの同棲期間を中心に書かれているのだが、振り返ってみると人生の無駄に思えた時間こそ我が身を作った大切な時間だったことに気が付く。


学校一の美女に

「君の笑った顔、虫の裏側に似てるよね。カナブンとかの裏側みたい。」*1

と言われ、屋上で毎日ビンタをされる高校生時代を書いた「ダニとカナブン」


車椅子のミキさんと初体験をし、彼女の強さに涙する「エメラルド・フロウジョン」


渋谷の風俗嬢に教えてもらた美味しいナポリタンの喫茶店で働く口の悪いおばちゃんミナミさんとの思い出を書いた「ミラーボールナポリタン」


ペットに飼っていたあさりを味噌汁にされそうになりアスカと大修羅場になる「アサリの鳥葬」


毎朝新聞配達にくる女性に恋をした「一分間だけの恋人」


夢に本気に慣れない自分を恋人に投影しあい大喧嘩になる「言わないといけない言葉」


”性と生”を反復しながら、同様のことを繰り返す。

人間とはそういうものなのだろう。側から見ると学んでいないように見えても、当人の中には経験やしこりが蓄積されている。

その蓄積を蒸留して馬力にできる人もいるが、重さに耐えきれず進めなくなる人もいる。

前者が注目を浴びるのが世の常だが、この小説は後者に当たる者達だ。

だから愛おしい。



狂気と狂乱


読後、何がこんなに響いているのか腹の中を何度も探ってみたけど、いまだしっくりくる言葉は浮かばない。

自分の思いを言葉にできないことなんて多々あるし、うまく伝えられる方が少ない。


同じことを繰り返しながら違う結果を求めることを狂気というなら、四方八方手を変え品を変え尽くしても結果が得られない様は狂乱というのだろう。

狂気狂乱しながら生きていくのが人生なら、決して無駄なんてない気がしてくる。


これから何度もこの本を読み返すだろうが、それは落ち込んだ時ではなく幸せを感じているときだろう。


この世に悪も正義もなく、正解も不正解もない。

比べて型におさまろうとしているようじゃ世界が濁ってしまう。


ホームレスのおじさんが主人公に

「いいねいいね、星が綺麗だって思てるうちは人生大丈夫よ」*2

と言ったのは、東京のど真ん中の公園だった。


我が家の世田谷のマンションからは月と一番星くらいしか見えないけど、今日も星が綺麗だと思えているから大丈夫だろう。





引用元:

*1*2 扶桑社『死にたい夜にかぎって』爪切男

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