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閉ざされた小さな結晶世界

  • 執筆者の写真: Naoko
    Naoko
  • 2022年4月19日
  • 読了時間: 4分

執筆者:Naoko


鉱物、それを研磨し形を整えた宝石は、世界中の人々を魅了する存在だ。

幾億年かけて形成された鉱物を眺めていると時間や空間の概念が希薄になり、その鉱物の内部に吸い込まれそうな気分になる。

無機物なのに、有機物である人間ををここまで惹きつけてやまない物質は他には存在しえないだろう。



石の夢


百科事典の祖・プリニウスの『博物誌』全三十七巻の最終巻は、宝石がテーマである。

プリニウスのことをあまりご存知ない方に、少しだけ補足すると、ガイウス・プリニウス・セクンドゥスは、紀元23年頃にローマに生まれ、博物学者であり、政治家であり、軍人であった人物である。中でも、彼の著作物である『博物誌』は、自然科学の幅広いジャンルの事柄が詳細にまとめられている。


話を『博物誌』の宝石に戻そう。

澁澤龍彦の『胡桃の中の世界』の収録された『石の夢』というエッセイにこんなことが書かれている。


"ところで、その第三十七巻「宝石」編の三つ目のエピソードに、次のごとき記述があるのが私の目にとまった。

「次いで噂に高いのはローマ人と戦ったピュロス王の宝石である。それは一個の瑪瑙で、その表面には九人のミューズと竪琴を手にしたアポロンのすがたが見える。ミューズたちはそれぞれ持ち物をもったすがたで描かれているが、これを描いたのは人間の手ではなく、自然に生じた宝石の石理が、そのような形に見えるのである。(以下省略)」" *1


澁澤が著書の中でプリニウスの宝石のエピソードをピックアップしているのだが、古代ローマ時代から、人は石を見て物語を夢想し、石に物語性を持たせ、より希少性を高めてきたことが分かる。


さて今日、お話したいのは、小さな結晶世界に閉じ込められ、その世界で起きたことが現実にも継承されていくという短編小説についてお話したいと思う。



二つのダイヤモンド


アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの『ダイヤモンド』と、澁澤龍彦の『犬狼都市』という二つの作品をご存知だろうか。


この二つの作品には内容に非常に似通ったところがある。

・主人公は若い娘

・ダイヤモンド(鉱物)を凝視しているうちに石の中に取り込まれる

・ダイアモンドの内部では、マンディアルグの『ダイヤモンド』では、獅子頭の男と、

 澁澤の『犬狼都市』ではペットのコヨーテと、娘が交わる。

・獅子頭の男も、コヨーテも迫害されている民の意識のような存在。

・現実世界に戻り、その獣との間の子供を孕んでいることに気付く。


多少の差はあれど、話の流れはほぼ一緒。


アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの『ダイヤモンド』は1961年に短篇小説賞を受賞し、澁澤龍彦の『犬狼都市』の出版は1962年ということから、贋作というよりか、私見にはなるが、これは、澁澤が知的にパロディ化または、マンディアルグの『ダイヤモンド』へのオマージュが、『犬狼都市』という作品を書くに至ったのではないかと考えている。


この二つの物語は、エロティックな寓話のようでいて、最後に妊娠してしまうという生々しさもあり、なんとも引き込まれる短編小説なのである。



石の中と、外の物語


似通ったこの二つの物語であるが、今回は澁澤の『犬狼都市』にフォーカスしたいと思う。

マンディアルグもまた大好きな作家であるため、また別の回で取り上げていきたい。


石に取り込まれ、石の中で待っていたのは、少女にとって、運命の男 (homme fatal)であり、迫害される民の象徴や、獣または神的な存在として描かれている。

『犬狼都市』では、少女が溺愛していたコヨーテである。


犬と交わるなんて、と思うかもしれないが、物語の前半でも主人公はコヨーテと草むらで秘密の交歓を深めているシーンもあり、ダイヤモンドの中で起きた出来事は、自然の成り行きでもあった。


石から抜け出た後は、コヨーテの死を理解ししつつも、彼との間に授かった命にじんわりとした喜びを湛えているような終わり方である。


石の中に物語があることが、人々の創造性を刺激し、石自身の価値も高めると前述したが、その物語が、宝石が放つスペクトラムのように、その輝きが魅入られた人々の人生に作用するという点が肝となり、この小説を読む際にポイントになると思う。


私自身はハリー・ウィンストンにありそうな3カラットもの大きなダイヤモンドは持っていないが、様々な天然石は集めていて、太陽に透かして石を眺めたり、絶妙な角度で虹色に光るクラック(鉱物内部にある傷)を見つけては喜びを感じているので、いつか私も宝石に閉じ込められる日が来るに違いないと楽しみにしている。





引用元:*1 河出文庫『胡桃の中の世界』 澁澤 龍彦

参照元:福武文庫 『犬狼都市』 澁澤 龍彦

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