私はただ寂しかっただけなんだ
- Naoko
- 2021年10月24日
- 読了時間: 4分
更新日:2021年10月31日
執筆者:Naoko
親子関係が芳しくない友人がいて、母親が理解してくれない、意見が合わず、言い争いをしてしまうという愚痴にも似た話を時々彼女から耳にすることがあった。
ある時、「直子さんはいいよね、お母さんと食事に行ったり、旅行したり。うちは絶対ダメ。」と言ったきり、しばらく黙ってしまった。その瞳がうっすら潤んでおり、頑なに唇を一文字に結んでいるのを見て、小さな子供が泣くのをこらえているような苦しい気持ちになってしまった。

しばらくして彼女は続けた。
「私だって普通の親子みたいに、仲良く食事したり、どこか温泉に行ったりして過ごしたい。普通の親子みたいに....」彼女は今にもわっと泣きだしそうな勢いで、悲しみが波のように伝播してきて、なだめる様に話を聞いていたが、同時に私自身の親子(母と娘の)関係性にも思いを巡らせていた。
愛の形は、全員違う
本日は、母と子の関係性、一人一人の幸せの形について考えさせられる作品、桜沢エリカさんの漫画『プール』について綴りたいと思う。この作品は、2009年9月に同名の映画のために、書き下ろしの作品として出版された。
私は映画も漫画も読んでいるのだけど、この作品のことを思うだけで、心の奥から洪水のように感情が溢れ平常心ではいられなくなってしまう。
この物語の主人公のさよは、もうすぐ大学を卒業する女の子。
卒業旅行がわりに、タイでゲストハウスを運営している母親・京子を1人で訪ねる。
子供の頃からさよは、自由気ままに仕事をしている京子とは月に1度程度しか会えず、祖父母に育てられて、タイに行ったきり戻ってこない母親に会うのは数年ぶりであった。
十代後半~二十前後までの年代の女の子にとって母親の存在は、結構大きい。
母親という存在は、産み育ててくれた人でもあるが、それ以上に女性としてのロールモデルにする最初の基準となる人、そして承認してくれる人など様々な役割を担っている。
その数年間を一緒にいることができず、まるで自分の存在なんかを忘れてしまったかのように、楽しそうにゲストハウスを運営し、タイの孤児・ビーまで引き取って、自分らしい自由を謳歌しながら生きている母親を見て複雑な気持ちでいるさよ。
孤児のビーは、まだ幼く小学生といったところだが、京子と幸せに暮らしている(ように見える)ビーの姿を見て、何故自分がそばにいられず、彼がそばにいるのかという嫉妬心で、大人げなく冷たい対応をとる。
タイのゲストハウスで、ビー、ゲストハウスで働く市尾、タイの自然の中で穏やかに養生している菊子、そして京子とさよの母子。
一見平和そうに見える彼らだが、それぞれの人生において課題を抱えている。
ビーは、実の両親を知らず、学校でも捨て子と馬鹿にされたり、市尾は理解のしあえない親との関係性に悩み、菊子は末期がんを患っている。
タイトルにもなっている”プール”は、美しく、彼らを優しく結ぶ場として描かれている。
京子のアコースティックギターの演奏は母親の心音、登場人物を緩やかに繋ぐプールは羊水にも似た場で、”全体”に溶け合うこと、遠くにいても、近くにいても、いつもここに浸かっているから安心して、といわれたような安堵した気持ちになる。
何処にいても「大丈夫」
寂しいし、甘えたいという感情が自分の中にあることを認めるのは、なんだか気恥ずかしいから、それに気づかないふりをしていることも多い。
さよの「母親と一緒にいて甘えたかった」という感情は、菊子さんにより指摘され、その思いに気づき、京子に伝えることができる。
京子の反応が、さよに100%寄り添ってはいない描写もリアルだと思う。
『プール』は、同じような親子関係を経験したことがある私にとって、深く共感する物語。
映画版では京子役が小林聡美で、若かりし頃の母に面差しや、ドライな物言いが似ているのもあったのも一言付け加えておきたい。
生まれては、死んでいく生きとし生けるものたちも、コムロイのように夜空を美しく灯し、最後には燃え尽きて消えてゆく。
空に溶けて、1つに合わさっていく。
人と人、生と死も緩やかに繋がっているということを知ることができれば、私たちは何処にいても「大丈夫」なんだから。
余談であるが、ひょんな繋がりで数年前に、桜沢エリカ先生に『プール』の感想をお伝えさせていただく機会に恵まれた。
恵比寿のしっとりとした風情の割烹料理のお店で、三井一号館美術館の館長さんのお話を伺いながらお食事する会だったと記憶している。
既にお酒も進んでいて『プール』の漫画や映画を観て、共感したこと、感情が溢れそうになることをお話しさせていただき、かなり興奮して涙目になっていたと思う。
まさにその日は、人気作家に絡む面倒くさいファンであったこと間違いない!
鼻息の荒いかなり迷惑な一ファンに対し、桜沢先生は優しく話を聞いてくださり、さらに先生とお母様との関係性のお話を描いた作品であること、映画の出演者たちは、この一見冷たいように見える京子の態度について理解が難しいとお話されていたことを教えてくださったことを今でもよく覚えている。
親子関係も、愛情の形も様々だけど、同じ経験をした者にとっては救いとなる良き作品だと思う。
幻冬舎 『プール』 桜沢エリカ
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