自虐きわまりて他罰となる
- Naoko
- 2022年3月17日
- 読了時間: 4分
執筆者:Naoko
自虐が過ぎるとむしろ他者に対する強烈な他責、他罰的なニュアンスを感じることがある。
例えば、自分がこの場所にいるから、周囲の皆に迷惑を掛けていて、ここにいてはいけない、むしろ生まれてきたことそのものが間違いである、そんな自分と付き合いを深めてくれる周囲の人に対しても、口にこそ出さないが見下していたりするような。

陰きわまりて陽となる
佐川 恭一の『舞踏会』におさめられた十数ページの短編『冷たい丘』を読んだ際、まさに「陰きわまりて陽となる」を感じ、寒気とガッと体温が上昇するような怒りとも可笑しみともつかない感情が湧き上がってきた。
快と不快が同時にやってきたような奇妙な感覚。
『無能男』や『ダムヤーク』で中毒者をたくさん出したであろう佐川 恭一の作品とあって、期待値高く、自虐的な短編たちを一気呵成に読んでしまった。
『舞踏会』の短編集では、子供の時分の理不尽なこと、大人になっても割り切れない日常の小さな不条理をどんどん積み重ねていき、何らかの閾値を超えた瞬間にコップから水が溢れる様に、否、マグマ溜まりが満タンになり、エモーショナル・ボルケーノが噴火する物語ばかりだ。
『冷たい丘』は、運動が少し苦手で、ドッジボールを厭う小学生男児の話である。
・永遠性を恐れている感受性の強い主人公
・優秀で美しく正義感強く主人公を気に掛けるクラスメイトの女子・北村さん
・死を恐れ、精神を病んだ伊藤くん
この三人が主な登場人物である。
休み時間に苦手なドッジボールに誘われ、断れずしぶしぶ参加するが、運動神経の鈍い主人公を守るために、身を挺して自ら顔面でボールをぶつけられに行く北村さん。
彼女は自身の正義でもって、主人公の苦手意識を克服してあげようと考えているし、「ぼくのような「弱者」を切り捨てない立派な精神」*1 を持ち合わせている女の子だ。
苦手なドッジボールに参加したことで、クラスの「帰りの会」で表彰され、善き行いをした人がだけが手に入れることが出来るシールを先生から受け取るも、そもそもドッジボールにチャレンジしたかったわけでもないし、他者に対する善行をしたわけでないのにシールを受けるとのは間違いだと反発し、教師やクラスメイトを幻滅させる。
そんな様子の彼の発言や行動でさえ、救いの手を差し伸べる北村さん。
なんていいヤツなんだ!と読者は、一瞬、思うだろう。
しかし、二人はこの後とイイ感じになるのでは?と小学生の淡い恋愛未満の友情を期待するのは間違っている。
予定調和でない世界
この小説はそんな予定調和的な物語ではないのだ。
主人公は、彼女のある一面的に見た正義感を憎んでさえいる。完全でないものが完全であるように装うこと、または完全であると疑いもしないことを侮蔑しているのだ。
彼は、雨が降った時、その水滴が様々な色に変化することに気付ける感性の持ち主であり、水を水色で乱暴に描くようなモノの見方を嫌悪している。
そして「良いことも永遠に続けば普通になるし、悪いことも永遠に続けば普通になる。何もかもを台無しにしてしまう永遠」*2 を酷く恐れている。
永遠は彼の感性を鈍化してしまう概念なのだ。
もう一人重要なクラスメイトとして登場するのが、死を恐れ、精神を病んだ伊藤くんだ。
伊藤くんは、「死ぬのが怖いと言って発狂してしまった子」*3 で、「鼻が低くて目が離れていて歯の出た、醜い男の子」*4 という容貌の男の子である。
永遠を恐れている主人公からすると、真逆のタイプであり、理解しがたいクラスメイトである。
ある日、休みがちな伊藤くんの話を北村さんにすると、伊藤くん、なんて人はいないと言う。気分が悪くなり、トイレで嘔吐し、鏡をのぞき込むとそこには「鼻が低くて目が離れていて歯の出た、醜い男の子」*4 が映っていた。
気が付くと保健室に運ばれており、そのアクシデント以降、学校を休みがちになるが、毎日甲斐甲斐しくノートを彼のために作ってくれる北村さんの厚意(彼からすると一面的な正義感)を叩きのめし、追い返す。
精神のバランスを崩した主人公は、親に連れられて初めて行ったはずの精神科だったが、先生は彼のことを良く知っているようだった。
永遠と終焉
伊藤くんは、主人公の別の姿、別の角度から見た自分自身であった。
家に放火し、両親を殺したことを美しく燃え盛る炎の色で確信し、心の中の伊藤くんと対話を重ねる。
「自分以外の人間と分かり合える日なんて、絶対にやってこない。わかり合えないのなら、はじめから関わりを持つべきではないのだ」*5
伊藤くんは何かを言いかけているが、言葉にならない間に消えてしまう。
真逆な伊藤くんならば、こう言ったのだろうか?
「自分以外の人間と分かり合える日は、絶対にやってくる。わかり合うために、他者との関わりを積極的に持つべきだ」
雪が頬に当たって溶けたのは、果たして雪だったのか、涙だったのか。
消えてしまうからこそ、今その瞬間が美しいと感じられるのだ。
引用元:
*1,*2,*3,*4,*5 書肆侃侃房『舞踏会』収録『冷たい丘』佐川 恭一
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