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小老虎

  • 執筆者の写真: Naoko
    Naoko
  • 2022年2月3日
  • 読了時間: 5分

執筆者:Naoko


先日、2月1日に春節を迎え、アジア圏の多くの国で新しい年が始まった。

今年は、十二支でいうところの寅年で、九星気学でいうところの運気のすこぶる強い「五黄の寅年」だそうだ。

虎のベースカラーである黄色と相まって、勇壮さが極まるような力強いビジョンが思い浮かぶ。



寅年ということで、虎にちなんだ物語、ケン・リュウの『紙の動物園』に触れていきたい。


『紙の動物園』は短編ながら、家族愛、アジア人としてのアイデンティティと恥の意識、母親の出自と壮絶とも言える体験が詰め込まれており、いつまでも、何度読んでも心に響く作品だ。

2011年にネビュラ賞、2012年にヒューゴー賞、世界幻想文学大賞等様々な賞を受賞しているため、すでにお読みになっている方も多いかもしれない。



中国人の母と”普通の”アメリカ人として暮らしたい息子


香港人の母とアメリカ人の父親を持つ青年が、子供の頃、母に折ってもらった不思議な動物の折り紙を通じて、病気で亡くなった彼女の長年の思いを受け取る物語だ。

クリスマス・ギフトの包み紙で作った折り紙は、折ったその瞬間から、命を宿し、自在に動き回る。

青年の一番のお気に入りである虎の折り紙・老虎(ラオフー)、泥浴びが好きな水牛の折り紙、水の中を泳ぎ回るサメの折り紙、

小さな動物の折り紙達は動き回る動物園のようだった。


年頃に近づいた主人公は、母が父によって中華系の花嫁として買われ、結婚後もほぼ英語が喋れず、アメリカ社会に溶け込めない母を疎ましく、また恥ずかしいと感じるようになる。

思春期も相まって、紙の動物たちも収納ボックスの奥に追いやられ、母とのやりとりに使用していた中国語も徐々に、使わなくなっていく。

高校生となった彼は、彼自身中国人である部分を封じ、”普通の”アメリカ人としての青春時代を過ごそうとするが、母は病気になり亡くなってしまい、同時に折り紙の動物たちも動きが止まってしまった。


大人になった主人公は、いつの間に部屋の中に、サメの折り紙や、懐いていた老虎(ラオフー)が動いていることに気が付く。

老虎(ラオフー)は、彼にじゃれつき、膝の上に飛び乗ると、ひとりでに折り目をほどいて、一枚の紙に戻る。

その紙には、所狭しと母から彼に宛てたと思われる手紙が中国語でびっしりと記されているが、中国語からかなり長い時間はなれていた主人公は、それを読むことすら出来ない。


手紙を携えて、中国人旅行客が多く行き交うダウンタウンを訪れ、母からの手紙を読んでもらえる協力者を探す。

なんとか協力者を得られた主人公は、その手紙に綴られた母がなぜアメリカにやって来ざるを得なかったのか、

故郷を追われ、異国で理解もされずに過ごすことの苦しみ、彼女のよすがであったはずの息子からの拒絶と深い悲しみについて綴られていた。


手紙を代読してもらい、紙を老虎(ラオフー)の形に戻すと、いつも通り彼にすり寄って喉を鳴らす。



アジア人としてのアイデンティティ


釣り目のポーズは、中国人や東アジア人を揶揄し、侮蔑するポーズとして知られている。

アメリカやヨーロッパに留学した私の身近な周りの人でもそういったポーズをとられ、馬鹿にされることやそういったヘイトがあったと答える人は多い。


新型コロナ禍においても、ここ2年間はアジア人に対するヘイトクライムは各地で起きていて、平和だった時には気付かなかった人種や文化の壁が高く隔たりのあることだと改めて気付かされた。


アジア人への差別は、1890年代のゴールドラッシュにまで遡るらしいが、アメリカという多民族国家においても、アジア人はやはり外から来た人、いつの間にかその土地に馴染み居ついているマイノリティという位置づけなのかもしれない。


自身の家族を持つものの、英語が満足に話せず、遠い異国において自国の文化を理解してくれる人がいない環境というのは考えるだけでも堪えると思う。

この物語の中で、母が一番辛いと感じていることは、言葉が通じない以上に、息子が「半分は中国人である」という中国人のアイデンティティを拒否したこと、そしてそれを恥じていることだと思う。


思春期の少年と母親の関係性なんて、皆こんなもの、とは簡単に片づけられず、人種に関する命題が深く関わっている。


折り紙という強度の弱い素材は、母の心細さ、繊細さを表わすと同時に、紙が魅せる表現力の豊かさや創造性など、母が持つマジカルな部分を良く表わしている。

折り紙で作った動物達も、ウサギや鳥などではなく、虎やサメ、水牛など勇ましい動物が多く、芯の強さや逆境に負けないしなやかな精神が垣間見える。


ちなみに何故、虎の折り紙なのか?という点については、主人公が寅年生まれだったからであろう。



エモいSF


ケン・リュウの小説は、中国の伝統的な思想や文化が物語の根底に流れているが、本質的には親子関係を描いたエモいSF作品が多い。

宇宙船や謎の生物との交流を描いたSF作品もあるのだが、それ以上に普遍的なヒューマニティを主題にしていて、初めて読んだ時に迂闊にも電車の中で涙を堪えるのが本当に大変だった。


これから読まれる方も、くれぐれも電車や外出先で読まれるのは注意されたい。


ここしばらく涙していない、乾いた日常を送っている人にもお薦めで、自分は一人の人間であったということを思い出させてくれる、感受性に潤いを与える良作だと思う。





参照元:

早川書房 『紙の動物園』 ケン・リュウ

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