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逢魔が時の手触り

  • 執筆者の写真: Naoko
    Naoko
  • 2022年5月5日
  • 読了時間: 4分

執筆者:Naoko


逢魔が時に手触りがあったら、どんな感じだろう。

麻のようなざらっとするような乾いた質感ではあるまい。


では、天鵞絨はどうか?

天鵞絨は濃密で透け感がなく、みっちりとした肌触りは夜がとっぷり更けた深夜がふさわしい。

だから、違う。


湿っているような、それでいて先が少し透けるような、夕方から夜に向かう狭間の時間。


コロナも収束しつつある令和を生きる私たちにとって、この時間は1日のうちで仕事が終わり、これからどこへ立ち寄ろうか?何を食べようかと胸を躍らせる時間帯であると思うが、今から100年ほど昔は、煌々と街燈やビルの明かりが今ほどたくさんついているわけでもなく、夜は深く暗く星を眺めたり、体を休めたりするのには良いものの、昼間のような活発なアクティビティには適していないだろう。



私の勝手なイメージではあるが、人外と出会うかもしれないこの時間の手触りがあるならば、蛇、爬虫類の肌のようにしっとりと湿度を帯びていて、かといって水にじっとりと濡れているわけでもないような不可思議な手触りに違いない。



土塀の窃視者


人外との邂逅、子供の頃に亡くなった母のフィルターを通した年上の女性への思慕と執着を流麗な文体で描く作家といえば、泉鏡花であるが、本日は彼の中年期以降の作品、『絵本の春』を取り上げたい。


代表作『高野聖』『草迷宮』『外科室』『婦系図』は、一度は読んだことがある方も多いだろうし、映像化や演劇などでも多く取り上げられていて内容もよく知られていると思う。


『絵本の春』は、泉鏡花が53歳の頃。

『高野聖』『草迷宮』の頃から比べるとだいぶ読みやすい文体の短編小説であるが、内容は生々しくグロテスクなシーンも含まれ、幻想的だけでないリアリティを感じる物語である。


主人公の小僧は、土塀の小路を覗いたことから、貸本屋を見つけるが、その覗き見を湯あみ帰りの小母さんに見つかる。

舞台は、金沢の主計町茶屋街付近であり、今でも土塀が残るノスタルジックな街並みである。

この小路は魔的な場所であり、一般の人は通ることはないが、小僧と小母さんはこの路で遭遇し、彼女の家で貸本屋の話をするが、そんなものは存在せず、朽ちた家と祠が1つあるだけの廃屋ということだった。


魔の小路から少し話が外れるが、この小僧の親戚筋と思われる小母さんがただモノではない。

なんとも婀娜っぽい大女で、若かりし頃に一度死んで、棺桶を打ち破って復活し、占いなどを生業にしており、得体のしれない能力の持ち主である。

小母さんの外見は「わけて櫛巻くしまきに無雑作に引束ひったばねた黒髪の房々とした濡色と、色の白さは目覚しい。」*1 とあり、色白で肉感的な様子が描かれている。

「大川へ出口の小さな二階家に、独身で住すまって、門かどに周易の看板を出している、小母さんが既に魔に近い」*2 存在であり、小僧は頭が上がらない様子なのである。


彼女は小僧に、その家と祠の由来を包み隠さず伝える。

「美しい婦おんなの虐しいたげられた」*3 凄惨な話で、子供に聞かせるにしては、趣味が悪い。さらに、近々でもその場所で、若い男が美しい娘姿の魔に、殺されかける事件も発生しており、小僧に気を付ける様に言い含める。


小母さんに会う直前の話。

例の幻の貸本屋で、美しい娘が一冊の草双紙を貸し出していて、小僧はその草双紙を借りて、父親に見つからぬように読むと、その内容は....


是非、続きは読んでいただきたい。


小僧は大人になり、小母さんは老婆という年齢になる程に時を経たある日、近くの川で橋が崩落するほどの激しい氾濫が起きる。小母さんは川に流され、一条の赤蛇になったようだった。

小母さんも蛇の眷属だったかと、安堵しているかのような主人公。


氾濫から一夜明け、海辺で泳ぐ男性たちが、ぞっとする光景を見る。

土塀に潜んでいた蛇も洪水で流され、小さな蛇たちが海面から鎌首をもたげているところで、物語は終わる。



不穏に始まり、不穏に終わる


『絵本の春』を読んでいて、思い出した映画がある。


ピンポイントで、この作品というのではないが、ミヒャエル・ハネケ監督の映像作品のように、不穏に始まり、何か解決するわけではなく不穏なまま終わる、という話の流れ方。

とはいえ、夢の中のような幻想美や、小母さんの魔性なのか冗談なのか、茶目っ気をスパイスとして含んだような女性像も読みどころの1つだと思う。


この『絵本の春』は、2020年に素晴らしい装丁と金井田英津子さんの緻密なタッチの口絵で朝日出版社から上梓されている。泉鏡花の言語的迷宮が視覚的に表現されていて、読んでいて良い意味で胸騒ぎがした。



日常に感性が摩耗されていて創造性を欠いた日々を送っているなと感じている人は、泉鏡花を読むといい。

魔が蠢く向こう岸へ橋渡しされるような感覚に一気になれるので、自身のクリエイティビティを高めたいのであればお薦めである。




引用元:*1,*2,*3 朝日出版社『絵本の春』 泉 鏡花

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